解説編

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社会 第5章

古代〜中世

解説編

【既習/完成/最低25問】古代から中世の流れ。

解説編 — 途中式を省略せず確認。わかったら問題編で白紙再挑戦して定着。

図解で確認(メイン)

まず図を確認し、下の解説で各問の手順と根拠をたどってください。図が2枚あります。

古代〜中世の流れ

政治の中心と社会の変化を時代順で。 図では、矢印・色分け・凡例を順に確認し、本文の用語と対応させて読みます。

史料の読み方

題名・誰の視点→比較。 図では、矢印・色分け・凡例を順に確認し、本文の用語と対応させて読みます。

答え合わせで確認:語呂・必暗・手順

正解/不正解のあと、知識不足なら下の対応表・必暗をその場で再生する。手順ミスなら戦い方を見直す。

覚え方年表の覚え方(語呂は「音↔年号」の対応表)

語呂を唱えるだけでは足りない。どの音がどの桁かを指差し確認してから、因果を一文添える。並べ替えは年号大会にせず、まず因果で順序を決める。

覚えの手がかり対応する答え
593 聖徳太子(摂政) / 語呂「国民の(593)聖徳太子」対応:こ=5、く=9、み=3 → 593年(「んの」は助音) / 位置づけ:推古天皇のもと改革を進める
645 大化の改新 / 語呂「無事故(645)で大化の改新」対応:む=6、じ=4、こ=5 → 645年 / 位置づけ:蘇我氏打倒後、中央集権化を進める
701 大宝律令 / 語呂「名のいい(701)大宝律令」対応:な=7、の=0、い=1 → 701年 / 位置づけ:律令国家の基本法を整備
710 平城京遷都 / 語呂「なんと(710)美しい平城京」対応:語呂全体「なんと美しい」で710年を固定(厳密な1音1桁にはしない) / 位置づけ:唐の都を模した都へ。政治の中心は奈良 / 同時代:唐の律令国家
752 東大寺大仏開眼 / 語呂「みんなで並ぼう(752)大仏」対応:語呂全体「みんなで並ぼう」で752年を固定 / 位置づけ:鎮護国家の象徴。聖武天皇の政策
794 平安京遷都 / 語呂「鳴くよ(794)ウグイス平安京」対応:な=7、く=9、よ=4 → 794年 / 位置づけ:政治の中心が京都へ / 同時代:唐の影響が続くころ
894 遣唐使廃止 / 語呂「白紙に戻そう(894)遣唐使」対応:は=8、く=9、し=4 → 894年 / 位置づけ:菅原道真の建議。国風文化へ
1185 壇ノ浦・平氏滅亡/守護地頭 / 語呂「いい箱(1185)鎌倉幕府の基礎」対応:い=1、い=1、は=8、こ=5 → 1185年 / 位置づけ:鎌倉幕府の支配の基礎
1192 源頼朝・征夷大将軍 / 語呂「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」対応:い=1、い=1、く=9、に=2 → 1192年 / 位置づけ:幕府権威の確立(教科書により1185強調)
1221 承久の乱 / 語呂「人に不意(1221)打ち承久の乱」対応:ひ=1、に=2、ふ=2、い=1 → 1221年 / 位置づけ:後鳥羽上皇が敗北。幕府優位が確定
1232 御成敗式目 / 語呂「いつ身に(1232)着くの御成敗式目」対応:い=1、つ=2、み=3、に=2 → 1232年 / 位置づけ:武士の道理に基づく最初の法典
1274 文永の役(元寇) / 語呂「異国(1274)は怖い元寇」対応:語呂全体「異国は怖い」で1274年を固定 / 位置づけ:元の襲来。御家人負担が重い / 同時代:モンゴル帝国(元)の拡大
1281 弘安の役(元寇) / 語呂「人に矢を射る(1281)元寇」対応:語呂全体「人に矢を射る」で1281年を固定 / 位置づけ:再襲来。幕府の恩賞不足が不満に
1333 鎌倉幕府滅亡 / 語呂「一味さんざん(1333)鎌倉滅亡」対応:い=1、み=3、さ=3、ざ=3 → 1333年 / 位置づけ:後醍醐天皇・足利尊氏らにより倒幕
1336 室町幕府成立 / 語呂「人々見ろ(1336)室町幕府」対応:語呂全体「人々見ろ」で1336年を固定(室町幕府成立過程の年として) / 位置づけ:足利尊氏。政治の中心は京都
1467 応仁の乱 / 語呂「人よむな(1467)応仁の乱」対応:ひ=1、よ=4、む=6、な=7 → 1467年(「と」は助音) / 位置づけ:約11年。戦国時代の入り口

戦い方社会の戦い方(この章でも同じ)

資料はリード文→注→表題→単位→極端値。記述は「資料のどこ+因果」。

  • 手順資料問題はリード文→注→表題→単位→極端な値の順。知識だけで先に答えない
  • 手順並べ替えは年号暗記大会にせず、因果(改革→制度→遷都など)で確定
  • 手順公民は用語定義で確実に得点。曖昧なら対義語・対比で切る
  • 手順記述は「資料のどこ+因果」を40〜80字。知識だけの作文にしない
  • 手順毎日15分:学習中の単元の「受験で押さえる」を音読+書き
  • 手順毎日30〜50分:弱点単元の⑤⑥または⑦を1セット
  • 手順近い用語・近い年代・近い数値の取り違え
  • 手順問題文の一部だけ合っていて結論がずれる選択肢

図で確認

古代〜中世の流れ

政治の中心と社会の変化を時代順で。 図では、矢印・色分け・凡例を順に確認し、本文の用語と対応させて読みます。

史料の読み方

題名・誰の視点→比較。 図では、矢印・色分け・凡例を順に確認し、本文の用語と対応させて読みます。

① 導入

この解説は、問題を解いたあと、または途中で止まったときに読んでください。 北陽の社会では並べ替えと資料読み取りが得点を分けます。年号の暗記だけで終わらず、順序・同時代・因果を資料のどこから読んだかを確認します。

② 基本概念

  • 並べ替えは、改革→制度→遷都→幕府の因果で解きます。
  • 文化は時代判定までセットです(大仏=奈良、法隆寺=飛鳥)。
  • 聖徳太子の改革と大化の改新は時期も人物も別です。
  • 元寇は防衛成功と恩賞不足をセットで覚えます。
  • 記述は「資料の語句+そのため+結果」で40〜80字にします。

③ 図の確認

左が古く右が新しい流れです。並べ替えは年号の暗記大会ではなく、改革→制度→遷都→幕府の因果で確定します。語呂は下の「受験で押さえる」で原因とセットで使います。

  1. 紀元前3c頃邪馬台国(卑弥呼)
  2. 593年聖徳太子(摂政)(国民の(593)聖徳太子)
  3. 604年十七条の憲法
  4. 645年大化の改新(無事故(645)で大化の改新)
  5. 701年大宝律令(名のいい(701)大宝律令)
  6. 710年平城京遷都(なんと(710)美しい平城京)
  7. 743年墾田永年私財法
  8. 752年東大寺大仏開眼(みんなで並ぼう(752)大仏)
  9. 794年平安京遷都(鳴くよ(794)ウグイス平安京)
  10. 894年遣唐使廃止(白紙に戻そう(894)遣唐使)
  11. 935頃承平・天慶の乱
  12. 1053年平等院鳳凰堂

時間の流れ(古い → 新しい)

政治の中心は奈良→京都→鎌倉→京都と移ります。この移動が、貴族政治から武士政権へ、さらに室町へ戻る流れの骨格です。

④ 例題 解説

例1

資料Aは645→710→752→794→1185のごろの順です。古い順に並べると大化の改新が1番目、平城京遷都が2番目になります。 「大仏が2番目」と誤る人は、遷都と大仏の前後を取り違えています。遷都して都が整ったあとに大仏開眼、と因果で押さえます。 並べ替えでは年号を全部覚えていなくても、改革→遷都→大仏の関係が分かれば解けます。

答え:b(平城京遷都)

例2

政治の中心が奈良にあったのは平城京の時期です。同じ時期の文化の象徴として資料Aに東大寺大仏開眼があります。 金閣は室町、法隆寺は飛鳥なので、ここでの答えにはなりません。文化は必ず政治の時代に横リンクし、建造物名だけで時代を当てないことが重要です。

答え:東大寺大仏

例3

聖徳太子の改革(冠位十二階・十七条憲法・遣隋使など)は飛鳥時代、大化の改新は645年で中大兄皇子・中臣鎌足が中心です。 どちらも「中央の仕組みを整える」点で似ているため混同しやすいですが、入試の並べ替えでは時期と人物のズレがそのまま失点になります。 答案では「時期が違う」「中心人物が違う」の両方を書けると安定します。

答え:聖徳太子の改革は飛鳥時代、大化の改新は645年で中大兄皇子らが中心であり、時期も人物も異なるから。

例4

守護・地頭は鎌倉幕府が全国支配の実務のために置いた役職です。室町や江戸、明治政府の制度ではありません。 年表で「1185年ごろ・政治の中心は鎌倉」と読めたら、そのまま鎌倉幕府へ結び付けます。役職名と政権名を別々に暗記せず、セットで答えます。

答え:c(鎌倉幕府)

⑤ 基本問題 解説

5

資料Bは文化を時代ごとに分けています。752年の大仏は奈良(天平文化)です。飛鳥の法隆寺や室町の金閣と並べて覚えると、選択肢のひっかけに強くなります。 合格者体験でも「大仏はいつの時代か」が繰り返し効くと報告されており、時代判定は本番の得点源です。

答え:奈良時代

6

法隆寺は飛鳥、大仏は奈良、と資料Bが明示しています。したがって法隆寺を奈良文化の代表とする説明は、時代の対応を崩しています。 記述では「資料では〜と分かれている」と根拠を先に書くと点が安定します。

答え:資料Bでは法隆寺は飛鳥、大仏は奈良と分かれており、時代が異なるから。

7

班田収授法は、律令制のもとで口分田を貸し与え、税を取る仕組みです。関係する政治制度は律令制です。荘園の拡大はこの原則を崩していく側の変化として対比します。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「律令制」に結び付けます。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:律令制

8

承久の乱は1221年、元寇は1274・1281年、応仁の乱は1467年です。鎌倉の転換→鎌倉後期の対外戦争→室町後期の内乱、という大きな枠で並べると年号が曖昧でも順序が確定します。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「承久の乱→元寇→応仁の乱」に結び付けます。

答え:承久の乱→元寇→応仁の乱

9

資料Cは日本のできごとと世界側の相手を対応させています。元寇の相手はモンゴル帝国(元)です。唐は遣唐使、明は日明貿易の相手なので取り違えないでください。

この対比を答案の根拠として残し、「モンゴル帝国(元)」と対応づけて覚えます。

答え:モンゴル帝国(元)

10

遣唐使は、唐の制度や文化を学ぶための公式の使節です。答案では「唐」と「制度・文化の摂取」を必ず入れます。単なる観光や交易だけの説明は不十分です。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「唐の進んだ制度や文化を学び、日本の律令国家づくりに役立てるため」に結び付けます。

答え:唐の進んだ制度や文化を学び、日本の律令国家づくりに役立てるため。

11

六波羅探題は、承久の乱のあと幕府が京都に置いた機関で、朝廷の監視や西国支配に関わります。関白は貴族政治、内閣総理大臣は近代の役職です。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「a(六波羅探題)」に結び付けます。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:a(六波羅探題)

12

荘園の増加は、公地公民が崩れ貴族や寺社の私有地が増える変化です。その結果、中央が全国を一律に支配しにくくなります。記述では「何が崩れ、誰の土地が増え、何が弱まったか」を一文にまとめます。

答え:公地公民の原則が崩れ、貴族や寺社の私有地が増えて中央の支配が弱まった。

⑥ 標準問題 解説

13

資料Dの1221年が承久の乱です。結果欄に「朝廷側敗北→幕府の西国支配強化」とあるので、出来事名だけでなく結果までセットで覚えます。

資料の該当箇所に印を付け、「承久の乱」へ直行できる読み方にします。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:承久の乱

14

元寇は防衛に成功した一方で、十分な恩賞を出せず御家人の不満が高まりました。「勝ったから幕府は安泰」とする短絡は誤りです。資料Dの括弧内(防衛成功・恩賞不足)をそのまま答案の骨にします。

答え:元寇では防衛に成功したが、十分な恩賞を出せず御家人の不満が高まったから。

15

室町幕府を開いたのは足利尊氏です。源頼朝は鎌倉、徳川家康は江戸、織田信長は戦国の統一過程の人物で、幕府名と開府者を対応表で固定します。

資料の該当箇所に印を付け、「a(足利尊氏)」へ直行できる読み方にします。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:a(足利尊氏)

16

守護・地頭の設置(1185年ごろ)→承久の乱(1221年)→室町幕府の成立(1336年ごろ)です。鎌倉の成立期→鎌倉の転換→室町、という時代の階段で並べます。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「守護・地頭の設置→承久の乱→室町幕府の成立」に結び付けます。

答え:守護・地頭の設置→承久の乱→室町幕府の成立

17

日明貿易(勘合貿易)は室町幕府の対外関係です。相手王朝は明なので、資料Cの同時代メモとも一致します。江戸の鎖国や鎌倉の元寇と混ぜないでください。

資料の該当箇所に印を付け、「a(室町幕府)」へ直行できる読み方にします。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:a(室町幕府)

18

応仁の乱は京都を荒廃させ、守護大名の力関係を崩して戦国時代への入口になりました。答案では「京都の荒廃」と「戦国へ」の二点を入れると記述が安定します。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「京都が荒廃し守護大名の力関係が崩れて、戦国時代へ入るきっかけとなった」に結び付けます。

答え:京都が荒廃し守護大名の力関係が崩れて、戦国時代へ入るきっかけとなった。

19

律令国家は、天皇を中心に法(律令)と税で全国を治めようとする中央集権をめざしました。「天皇」「法と税」「中央集権」の三点が入っているかを自己採点します。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「天皇を中心に、律令という法と租税で全国を中央集権的に治めようとした」に結び付けます。

答え:天皇を中心に、律令という法と租税で全国を中央集権的に治めようとした。

20

足利義満に関係する代表例が金閣(鹿苑寺)です。東大寺大仏(奈良)や法隆寺(飛鳥)と時代を取り違えないように、人物と建築をセットで覚えます。

この対比を答案の根拠として残し、「金閣(鹿苑寺)」と対応づけて覚えます。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:金閣(鹿苑寺)

⑦ 応用・入試形式 解説

21

(1)は資料Eの直接読取です。守護・地頭の設置の行に「政治の中心は鎌倉」とあります。知識で補わず、まず年表の語句を答えます。

答え:鎌倉

22

(2)は年の引き算です。1185−794=391年。引き算の向きを逆にしないこと、単位を問われていなくても「何年」と聞かれたら年数で答えることを確認します。

答え:391年

23

(3)は複数行を使う因果記述です。京都(貴族政治)→鎌倉(武士政権)→京都(室町幕府)という移動を、担い手の変化として書きます。 補助メモの「武士が全国支配の実務を担う」も使えます。年号の羅列だけでは不十分です。

答え:貴族中心の京都から武士政権の鎌倉へ移り、室町幕府成立で再び京都が政治の中心になった。

24

資料Eの最右(いちばん新しい)は室町幕府の成立です。左が古く右が新しい、という読み方をそのまま使います。

資料の該当箇所に印を付け、「d(室町幕府の成立)」へ直行できる読み方にします。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:d(室町幕府の成立)

25

武士の台頭は、地方の土地支配や治安維持で武力を持つ層が成長した結果です。「源氏が強かったから」だけにすると原因が狭いので、社会的条件まで書いてください。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「地方の土地支配や治安維持で武力を持つ層が育ち、政治の担い手になったから」に結び付けます。

答え:地方の土地支配や治安維持で武力を持つ層が育ち、政治の担い手になったから。

26

鎌倉は関東にあります。九州・北海道・四国は位置のひっかけです。地図イメージと「東国の武士政権」を結び付けます。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「a(関東)」に結び付けます。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:a(関東)

27

大化の改新(645)→東大寺大仏(752)→守護・地頭(1185ごろ)→応仁の乱(1467)です。古代の改革と文化、中世の幕府成立、戦国への入口、という大枠で並べると安定します。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「大化の改新→東大寺大仏→守護・地頭の設置→応仁の乱」に結び付けます。

答え:大化の改新→東大寺大仏→守護・地頭の設置→応仁の乱

⑧ 確認テスト 解説

28

ちがいの軸を一つに絞ります。ここでは政治の中心地です。鎌倉幕府=鎌倉、室町幕府=京都。制度の細部に入る前に、まずこの対比を書けるようにします。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「鎌倉幕府は関東の鎌倉、室町幕府は京都を政治の中心とした武士政権である」に結び付けます。

答え:鎌倉幕府は関東の鎌倉、室町幕府は京都を政治の中心とした武士政権である。

29

大仏開眼(752年)は奈良時代で、遣唐使を通じた唐との交流が背景にあります。明は日明貿易、元は元寇、清は近世以降なので時代が合いません。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「b(唐)」に結び付けます。

誤答になりやすい近縁の用語・年代・地名を一つ挙げて、なぜ違うかを一言で排斥します。

答え:b(唐)

30

指定語「順序」「因果」を必ず使います。順序→並べ替えに強い、因果→記述で原因と結果が書ける、と学習効果まで一文にまとめると完成度が上がります。

今の説明を因果の順でもう一度言い直し、「順序が分かるので並べ替えに強くなり、因果が見えるので記述で原因と結果を書けるから」に結び付けます。

答え:順序が分かるので並べ替えに強くなり、因果が見えるので記述で原因と結果を書けるから。

⑨ まとめ

古代〜中世は、中心地の移動と並べ替えが本命です。文化の時代判定と日本×世界の同時代を横に置き、⑦では同一資料で読取→年数→因果記述の梯子を完成させてください。

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